剣と盾を放り落として、ジョーンは地面に崩れ落ちた。
重い呼吸を繰り返しながら、暗い空を見上げる。
「きびし、すぎ、る」
ピュラはシャラリと音を立てて、背中に武器を収納する。その呼吸は僅かに乱れていた。
「すごいわ、ジョーン! あなた、とっても進歩してる」
彼女は嬉しそうに微笑みながら、ジョーンを立ち上がらせるために手を差し出した。
掴んだ手が思いのほか勢いよく引き上げられ、ジョーンは少しふらつき、たたらを踏む。
「次はオーラを」ピュラは彼に振り向いて言った。「さあジョーン、」
鳴り響くジョーンのおなかの虫によって、彼女の言葉は遮られた。
「あー、ごめん。じつは今日はまだ何も食べてなくて」
彼は頭を掻きながら恥ずかしげにそう言った。
ピュラは柳眉を顰める。
「きちんとした食事を摂るのは、身体づくりのために重要よ。訓練が終わったらすぐになにか食べないと」
「名案だね」
ジョーンは一も二もなく同意した。
「もう、胃がドーナツ・ホールで死にそうなんだ」
彼の言葉を聞いたピュラは、困ったように小さく首をかしげる。
「なあに、それ」
「ドーナツの穴」
ジョーンは言った。
「チョコレートや、パフや、グレーズがかかってるやつとかさ。知ってるだろ?」
「ジョーン。ドーナツじゃ、お腹は膨れないでしょう。あれはほとんど、ただの空気みたいなものよ」
ジョーンは目を丸くした。
「君……君って、まさかドーナツ食べたことないの?」
ピュラは少し赤面した。
「私、いつも食生活には気を使っていたから……ドーナツは、身体には良くないと思う」
彼女はそう説論する。
「君って、今までほんとに、全然、まったく、ドーナツ食べたことないの?」
驚きのあまり、彼はもう一度尋ねた。
ピュラは何も言わず、きまりが悪そうにかぶりを振った。
ジョーンは首を横に振る。
「だめだよそれじゃ。行こう、俺が良い場所を知ってる」
突然の誘いに不意をつかれ、ピュラは狼狽えた。
「でも、あなたはもっと、きちんした食事を摂るべきで…」
ジョーンは肩をすくめた。
「そこはきちんとしたものも出してくれるよ、サンドイッチとか。
それより俺は、自分のパートナーにデザートの味を知らないままには、させてはおけない!」
言うが早いか彼は自分の武器を拾い上げ収めると、ピュラを促して、部屋へ戻るため歩き始めた。
部屋に戻ったジョーンは、レンとノーラに一緒に来るかどうか聞いてみた。
レンが何かを答えようとする前に、ノーラが部屋の反対側から飛んできてレンに着弾し、彼の口を手で塞いだ。
「ごっめーん!これからレンに宿題を見てもらう約束をしてるから、私たちは行けないんだ。私、落第したくないもん!」
ノーラはにやにやと笑いながら言った。
「二人で楽しんできてよ!」
彼女はそれで話を終わりにした。ジョーンは肩をすくめると、服を着替えるために部屋を後にした。
ピュラが部屋に戻ってくると、彼女は既に新しい装いに変わっていた。
レンは未だに自分の口を塞いでいたノーラの手を退かす。
「僕はもともと、行くと言うつもりはありませんでしたからね」
控えめに言って、すぐに自分の読書に戻る。ノーラは笑い、大げさに肩をすくめた。
「おっと」
そしてその後、笑顔でピュラに振り向いた。
「ドキドキしてる?」
ピュラは、スカートの裾をそわそわと弄びつつ、はにかんだ。
「ええ、そうかも」 彼女は恐る恐るノーラに尋ねる。「私、どこか変じゃない?」
ノーラの顔は晴れやかだった。
「か・わ・い・い・よ!」
きゃあきゃあと興奮したようすで喝采を叫ぶ。ピュラは、ほっとして笑みを浮かべた。
普段なら、自分が他の人からどう見えるのかについてこんなにパニックに陥ることはなかった。
だというのに現状、彼女は少し神経質になっていた。
やがてすっかり用意を済ませたジョーンが帰ってきた。
ピュラは微笑んだ。
「いきましょうか」
申し出ると、彼女はドアの外へと歩いた。
ドアからひょっこりと顔を出したノーラが叫ぶ。
「ごゆっくり〜!」
微笑んで別れの手を振った。
カフェまでの短い遊歩道を二人は歩いた。
学校のことでも戦闘のことでもない、なんてことのない話で、彼らのおしゃべりは心地よく弾んで、ピュラは内心驚いていた。次の休日をどうやって過ごそうかという計画や、ジョーンがどうやって大家族で育ったのかをよく話した。
気が付くとあっという間にカフェに到着していた。ジョーンはピュラのためにカフェのドアを開け、彼女が店に入るまでドアを支えた。ピュラはお礼を言った。
二人は色とりどりに並ぶドーナツのショーケースの前に立っていた。
焼きたてのそれらから漂う甘い香りは、抵抗するにはあまりにも魅惑的だった。
「ねえ、私はずっとこれが欲しかったのかも」
ピュラはそう言って、ショーケースの中を見回した。
「やったね、それじゃ君はついてるよ!」
ジョーンは自分の胸を差して言った。
「今日は俺のオゴリ!欲しいものがあれば全部ためしなよ」
胸を張って頼もしげに笑う。
「まあ、ジョーン。お金なら自分で払えるわ」
実際、彼女の財布には十分な金額が入っていた。それを周囲に誇示することはなかったが、数々の大会での報奨金やスポンサーからの後援があり、彼女はむしろ裕福だった。
ジョーンは肩を落とした。
「でも、俺はそうしたいんだ。君にはいつもすごく世話になっているから、せめてこれくらいはさ」
ピュラは笑って、優しくジョーンの肩に手を置いた。
「ジョーン。私は別に見返りが欲しくてあなたの傍にいるんじゃないのよ」
ジョーンもまた微笑む。
「知ってる。でもさ、それでも俺は、君に何かお返ししたいんだ」
その言葉を聞き、ピュラは微笑んでカウンターに近づいた。
「私は、ホットチョコレートとピンクのドーナツを頂くわ。あ、でも…十字型のもいいわね。ごめんなさい、うーん、スプリンクルのも…」
どうやら決めかねてるようだった。ジョーンは隣に立ち並ぶ。
「彼女が言ったその3つ、全部ください。俺はそれと同じのに、チョコレート付きのと、赤いやつも追加で。
あ!それからリンゴジュースも1つください」
ジョーンは財布を取り出して注文した。
しばらくして、二人はテーブルに隣り合って座った。
「もう、なんて言ったらいいのか。ありがとう、ジョーン!」
テーブルに並んだお菓子のすべてを見ながら、ピュラは言った。
「何から食べようか、迷ってしまうわね」
ピュラの手は躊躇して彷徨う。
「このピンクのはどう?」
ジョーンは自分の前にあるひとつを手に取り、半分に分けると片方をピュラに差し出した。
彼女はためらいがちにピンクドーナツを受け取った。彼は彼女に顔を寄せて、じっと顔色を窺う。彼女がそれを気に入ってくれるのかを確かめずにはいられなかった。
一口齧ると、彼女の期待は見事に満たされたようだった。彼女の目は驚きに見開かれる。急いでもう一口を齧り、半分ほどを食べ終えたところで、ピュラはようやく口をひらいた。
「これ……本当においしい!」
「だろ!」
ジョーンは得意げな顔でまくしたてると、嬉しそうに自分の分を食べ始めた。
二人は円満に食べ続けた。そして時々、味の感想を述べたり、冗談を言い合ったりした。
誰かと街に遊びに来て、こんなふうにリラックスした楽しい時間を過ごしたのは一体どれほどぶりだったのか、ピュラは思い出すことができなかった。
彼女は食事の手を休めた。ふと、隣にいるジョーンの顔を見つめる。彼女の視線に気づかないまま、彼は幸せそうにドーナツを頬張っていた。
胸の内に暖かい何かが育まれているのを感じた。彼のそばで彼の明るさに触れているとき、自分がどれほど救われているか、彼女は理解した。いくぶん奇妙な考えでなければ、もしかするとこの気持ちは――。
ジョーンは、自分をじっと見つめる視線に気付いて、ぴたりと動きを止めた。
「なにふぁふぁをにふいふぇう?」
口の中にドーナツがたっぷり詰め込まれたままだったことに気付き、ジョーンは慌ててそれらを呑みこんだ。気まずそうに頭を掻く。
「ごめん。えーと、つまり、もしかして俺の顔になんかついてる?」
尋ねながら、恥ずかしそうにごしごしと唇を拭った。
彼のまのぬけた行動に、ピュラは顔をほころばせた。
「いいえ、大丈夫よ。それにしても、それ、美味しそうね?」
ジョーンはにこやかに、自分の持っていたドーナツを半分にして、彼女へと渡した。
ピュラも微笑み、一口齧って、目を輝かす。
「これは、驚きね!」
口元を抑えながら咀嚼する。
「だよなー!」
二人は顔を見合わせて笑った。
まもなくして、テーブルの上のものをすっかり片づけた二人は、帰り支度をして立ち上がった。
外は随分と冷え込んでいた。歩くほど、冷たい夜風が肌を撫でる。
「ちょっと寒いな」
ジョーンはぶるりと震えた。
思い切ったように、ピュラは自ら彼の傍らに身を寄せ、彼の腕に自分のそれを巻き付けた。そして、温もりを分け合うように、彼の腕に凭れかかる。
ジョーンは赤面した。
しかし、しばらくして気を取り直すと、寄宿舎への道を歩き始めた。
腕を組んだまま。
※こちらの小説は このイラスト をもとに書かれた英語SSを私が翻訳したものです。
素敵なSSをくださったdyde21に感謝します。
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